Category: エッセイ

つれづれエッセイ 2019年12月2日

(まえがき)

私ほんまにいろんなところに出かけさせてもろて、たくさんの方に支えてもろて、楽しいことやらつらいこともあるけど、人生散歩道と思たら、いろんな季節の風景がございました。

そんなおもろそうなことがらや、忘れられんことなんかつれづれなるままにエッセイに書き留めとこかいなと思い立ちまして、ホームページにのせさせてもらいます。

おヒマな時につれづれなるままお読みくださいますとありがたく存じます。


「またきてつかあさい 鳥取盲学校の思い出」

ようきんさったなあ、どげんしんさっとっただあ、まあまあ、はようあがってつかあさい。

鳥取の言葉なつかしいひびきですわ。

私の祖母は鳥取出身で、ひいばあちゃんも鳥取で、母は幼いころ鳥取に疎開してたようで、

私もそんなことから子どものころ、夏休みには必ず鳥取に母と行きまして、浦富(うらどめ)海岸で泳ぎ、セミ捕りやら川遊びやらと、一昔前の子どもの夏休みを過ごしとりました。

それに私、子どものころからゲゲゲの鬼太郎が好きやったもんで、水木しげるさんの出身地であり、境港のある鳥取はまた別の意味で妖怪にまねかれるようで大好きな場所ですねん。

この鳥取でのお仕事をいただいたのが県立盲学校でした。

本番前日の夜、祝賀会を開いてくださいまして、先生方との交流の時間がございました。とても楽しくお酒を飲ませていただいたんですな。

みなさんの会話がのどかでした。

教頭「校長先生、今年はスイカのできは、どげんですかな」

校長「そうですな、まあええぐあいにいきよるけえ、大きいのができよるだら」

教頭「校長先生の畑でできるスイカは縞が横に入っとらんかな」

校長「気持ちがあらわれとるだらあか、ははは」

 

子どもたちの話題になると、学校での行事のあれやこれや、先生と生徒が一緒に取り組んださまざまなエピソードを先生方が再現フィルムのように生き生きとはなしてくれはって、心が溢れて暖かい。

こんな家族や兄弟みたいなつながりのある学校教育、いつまでも続いたらええのになと思って、なんや遠い思い出がよみがえるみたいで涙が出そうになってしまいましてな。

近年はどこの盲学校も生徒の数が少なくなってますんで、寂しい次第ですわ。

翌日、本番を迎え、鳥取盲学校に訪れてみまして、みなさんの元気な声に人数なんか忘れてしまいました。

わあわあ言いながら、小さな教室にいっぱいの小学部から高等部まで。さらに専攻科生の方、先生父兄の方、熱気があふれる中、どんどんちりりんと出囃子。生徒さんお一人お一人によるダジャレと小話の連発大喜利大会。

視力だけでなく発達にも障害をもっている子どもたちもいて、それぞれの力に合わせての熱演。

緊張のあまり、涙ぼろぼろ、それでも最後まであきらめずダジャレを発表する子ども。

座布団に座るまでが大変で、座ってみると、ただ座ってるだけでええ雰囲気を出しておもろい子どもを、生徒の個性いっぱいの表現を支える先生のやさしさや、失敗も失敗としないで救いとって笑いに変えていくユーモア溢れる声かけ。暖かい時間が笑顔の中に溶け込みました。

視覚支援学校盲学校には高等部普通科とさらに専攻科がありますねん。専攻科は按摩、マッサージの資格を取るクラスです。

いったん社会に出て、なんらかの原因で視力が低下した方が、鍼や按摩の資格を取りにきたりしてはって、そやから年配の方も来られます。

子どもから高齢者まで、おんなじ学校の中でわいわいやっていて、これがおもろいんでっせ。

ちょっとおもろい光景が繰り広げられたりしますねん。

私も大阪市立盲学校時代に、よう目撃した光景ですけどな。

生まれつき目が見えない小学生が、廊下の休憩所で、人生半ばで失明したと思われる結構年配のコワモテのおじさんに、「まあしゃあないがな、見えんようなってもまたええこともあるで、おっちゃん心の眼いうのを知ってるか。心の眼を開いたら結構楽しいで、がんばりや」と、はげましてるんですわ。そらまあ生まれつき見えてへん子どもにとったら中途失明のおっちゃんは、

まだアマチュアてなもんですわな。おっちゃんも「おおきに、おおきに」いうて、泣いてたりして、ほんまようわからん世界でっせ。

鳥取盲学校にもさまざまな思いを持って通われている成人の学生さんもぎょうさんおられました。

そんな方からは自然にええ人生の味が出てますわな。

ほぼ生活自体が落語家みたいな学生さん。人生の途中で視力を失い按摩の勉強をされている方の深い人生観のこもった語り……といえば味がありますが、まあ、そんな大変さなんか感じさせない軽妙な語りから、重々しさで大師匠の貫禄の方まで、そらもう、爆笑の連続でした。

私もそうでしたが、やはり障害があるからといって、引っ込んでいるという気持ちが表に出るということはあまりなく、むしろ見てほしいという気持ちのほうが強くなって、前に出てくるんですな。自分の障害を自分でみとめたとき、あるいは仲間がいると知ったとき、こう、体の中から沸き起こる何かがありますねん。自分の存在を伝えようとする力になるんでしょうね。

あっというまの講演会が終わって玄関に出てみると、もうみんな先回りしていてくれて、なごりおしい撮影会やら、はぐはぐタイムッやら、また来ようと心の底からそないに思いましたな。

講演とか出演とかそんなんやない、ぶらっと来ても、「ああようきんさったなあ」と、人懐こい言葉が飛び出して声をかけてくださりそうな、そんな穏やかな養護学校の空気がまだこの鳥取盲学校に残ってましたな。

エッセイ 出会い色いろ色縁ぴつ「縁は異なもの」

落語と着物は切っても切れないものでございます。
わたしは中崎町にあります六花(ricca)さんという呉服屋さんにお世話になりますねん。

「呉服屋さん」と言うたらえらい敷居が高いように思ってしまいまっしゃろ。
けどこちらはそうですな、「着物屋さん」という方がええかもしれない。
それくらい肩の力を抜いたまま気軽に入れる呉服店なんですわ。

六花さんに出会たんは、いつ、どんなきっかけやったか、そんなもんもすっかり忘れてしまいましたけど、私がこちらの着物屋さんが好きなワケは、店長の順子さんがおもろいということ、それと人に壁を作らないそのほんわりとしたお人柄に惹きつけられるからでしょうな。
何にも分かってない私にも丁寧に、着物がどのようなものか教えてくれはりますねん。

ただ足袋を買いに行っただけやのに、店長のじゅんこさんとっしゃべってるうちに、なんでか大きな紙袋をぶら下げて帰っているという状態になってることがある。
これが参りますわな。

今日は余計なもんは買わへんでと心を決めて出かけまっしゃろ。
そしたらじゅんこさんは
「いやあ福点さんこの生地触ってみてくださいよ、ええ触り心地でしょ。これ絹でね、色は・・・。これもう福点さんを待ってたみたいに先日わたし見つけたんよ。どうです。夏の着物作りません?うふふふふ。」

気がついたら
「そういえば夏の着物一着しかなかったで、汗かくし長いこと使てるし、そろそろ買わなあかんかいなあ。」

店を出ると後ろからじゅんこさん、
「ほんなら仕上がったらまた連絡しますね。」
と優しく声を掛けている。

こんなこと書いたらえげつないなあと思う人がいそうですけどな、
いえいえ全然そんなことおまへんで。

値段も私が買えるくらいリーズナブルなものも用意してくれはります。
無理押しとかはしはりまへんな。
丁寧でそれにおもろい。
人を嫌な気分にさせはれへんし。
お店の皆さんがまたええ会話がお上手ですわ。
スタッフのみなさんもお一人お一人がやはり人に壁を作らない方ばかりで、呉服のこと何にも知らんでも、鼻で笑うとか、ふっかけてくるとか、そんなんおまへん。
楽しいでっせ。

みなさんも着物をぜひ生活の中に取り入れて下さることをお勧めしますな。
一度お店へ言ってじゅんこ店長とお店のスタッフの方にお会いされることオススメですわ。
私もよう落語会に来てもろたり飲み会を一緒にしたり、楽しくお付き合いして頂いております。
これはもしかしたら、袖すり会うも多少の縁、いやいや多少の円かいな。